2019/04/29
先週あたりから、日常に対する「退屈感」のようなものが表層意識に度々上ってくるようになった。 一方で、それを解消する有効な手立てが見つからず、少しイライラしていた。 こうした「小さなイライラ」は、たいていは軽く運動して熟睡すれば、どこかへ消えてしまう。 だが、どうも最近、その頻度がやや増してきているような気がした。...
2019/04/18
『奇妙な夢②:真の主体』の続き。 まず、画鋲の配置図を再掲する。なお、括弧書きは、そのカバラ的解釈である。 ①(判断) ②(慈悲)    ③(自己)    ④(自我)    ⑤(体) さて、例の夢の中で私は、①と②だけが画鋲で留められていた長い「リボン」を見つけた。 そして、その残りの部分を「③→④→⑤」の順に留めていこうとした。...
2019/04/04
新元号が「令和」に決まった。 新元号の発表後、人々の反応は様々だったが、とりわけ令和の「令」の字に対する反応が興味深かった。 「和」には、ほぼ全肯定的な反応が示されたのに対し、「令」には、やや否定的な反応も散見された。 「令和とは美しい調和(beautiful...
2019/03/28
前回『奇妙な夢』の続き。 起床後、私は早速、夢の意味について考えることにした。 まずは、夢で見た「5つの画鋲」の配列図を描いた。 ①   ②   ③   ④   ⑤ この配列を見て、私がまず連想したのは、ユダヤ神秘思想・カバラの「生命の木」だった。 5つの画鋲の配置が、「生命の木」における “セフィラ”...
2019/03/24
3月18日(月)の早朝、奇妙な夢を見た。 何やら、スピリチュアル的な意味が多分に含まれているように思えたが、その解釈は別途行うこととして、まずはその内容を以下に記しておく。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 夢の中の私は、小さなお店で働いていた。 私はそこで、フロアの片隅にあるトイレの扉の立て付けを直していた。...
2019/03/14
前回『神の本質』の続きである。 人間は、自らを「モノ」扱いする存在を否定する。 昨年来、フランスで起きているデモなどは、その好例といえるだろう。 また、近年、国内で増加傾向にあるパワハラやイジメなどの訴えも、広い意味では、自らを「モノ」扱いした存在を否定する行為といえるかもしれない。 そうした行為を、“I am that i...
2019/03/14
前回『神の命題』の続きである。 まずは、本稿を書き進めるにあたって、“I am who i am.”と“I am that i am.”の表記を統一しておく。 両者の違いは「関係代名詞」だが、概念の対象範囲が「人」に限定される“who”よりは、「万物」を対象にできる“that”の方が、一応「創造主的」ではある。 というわけで、以下本稿では、この句の表記を“I am that i am.”に統一する。...
2019/03/14
今回は、旧約聖書「出エジプト記」にある“I am who i am.”という句について。 この句は、神の山ホレブで、旧約聖書の神とモーセが初めて交わした会話の中に出てくる。 このときモーセは神から、エジプトに行ってイスラエルの民を連れ出すよう命じられるが、彼はその際、人々が神の名を聞いてきたら一体何と答えるべきかと神に尋ねる。...
2019/02/15
先日、「建国記念の日」を迎えた。平成最後の「2.11」である。 私は1966(昭和41)年生まれだが、私が子供の頃は、こうした祝日には、どの家でもわりと普通に「日の丸」を掲げていた。 実際、私の家にも大きな「日の丸」の旗があった。家の壁にも旗を立てるための金具が備え付けられていて、時々、親に頼まれて旗を立てにいった覚えがある。...
2019/02/06
人は誰しも、その人生において、笑ったこともあれば、泣いたこともある。 この「泣き」と「笑い」も、白と黒と同じく「反対」の概念である。 私たちは普段あまり意識しないが、その潜在意識には、それまでの人生で最も「笑っていた」頃の記憶と、最も「泣いていた」頃の記憶が、とりわけ鮮明に刻まれているものだ。...

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